大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和28年(ネ)1063号 判決 1959年7月06日

控訴人 治村タメ

被控訴人 二幸株式会社 外三名

主文

原判決を取消す。

被控訴人二幸株式会社は控訴人に対し、大阪市南区東清水町三八番地宅地一一八坪一合五勺の中、別紙図面Cの部分にある木造トタン葺二階建事務所一棟建坪一五坪四合八勺二階坪五坪一合二勺を収去し、右宅地Cの部分二八坪三合八勺を明渡せ。

被控訴人島田チヨは、前項の宅地中別紙図面Bの部分にある木造スレート葺平家建店舗一棟建坪一三坪八合六勺を収去し、右宅地Bの部分二〇坪六合一勺を明渡せ。

被控訴人前田武次郎は前記第二項記載の建物から退去せよ被控訴人エマニエル・フエリニヨは、前項第三項記載の建物から退去せよ。

訴訟費用は第一、二審を通じ、その五分の三を被控訴人二幸株式会社および被控訴人前田武次郎の連帯負担とし、五分の二を被控訴人島田チヨおよび被控訴人エマニエル・フエリニヨの連帯負担とする。

この判決は控訴人において、被控訴人二幸株式会社および同島田チヨに対しては、各金一〇万円、被控訴人前田武次郎および同エマニエル・フエリニヨに対しては各金五万円を供託すれば、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一ないし第五項同旨ならびに訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とするとの判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言をもとめ、被控訴人等各代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決をもとめた。

当事者双方の主張は、控訴代理人において、本件宅地は控訴人の所有で被控訴会社の占有部分は別紙図面Cの部分、被控訴人島田の占有部分は同Bの部分であると述べ、各被控訴代理人において、右控訴人の所有ならびに被控訴人等の各占有関係をみとめたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

証拠として控訴代理人は、甲第一・二・三号証を提出し、原審ならびに当審における証人治村正三の証言、控訴人本人の供述(当審は第一、二回)、当審における検証の結果を援用し、乙第二号証の一・二第八号証、第一二号証の一ないし六、第一三号証、第一六号証の成立をみとめ、乙第一四号証の二、第一五号証は官署作成部分の成立をみとめ他の部分は不知、その他の乙各号証は不知と述べ、被控訴人二幸株式会社および前田武次郎代理人は、乙第一号証、第二号証の一・二、第三ないし第一〇号証、第一一号証の一ないし一四、第一二号証の一ないし六、第一三号証、第一四号証の一、二第一五ないし第一八号証を提出し、原審ならびに当審証人天神利一(当審は第一・二回)原審における被控訴会社代表者沢田米三本人の供述を援用し、甲第一、三号証の成立をみとめ、甲第二号証は郵便官署作成部分の成立はみとめるが他の部分は不知と述べ、被控訴人島田チヨおよびエマニエル・フエリニヨ代理人は前記乙各号証を提出し、原審ならびに当審証人天神利一(当審は第一・二回)、原審証人カザリン・フエリニヨ当審証人沢田米三の各証言、原審における被控訴会社代表者沢田米三、被控訴人エマニエル・フエリニヨ各本人の供述を援用し、甲第一、三号証の成立をみとめ、甲第二号証は郵便官署作成部分の成立をみとめ、他の部分は不知と述べた。

当裁判所は職権で被控訴人前田武次郎本人を尋問した。

理由

一、主文第二項記載の宅地(本件土地)が控訴人の所有で、控訴人が昭和二一年六月一〇日これを訴外沢田米三に控訴人主張の如き約定(但し本建築禁止の点を除く)で賃貸したこと、右宅地の中、別紙図面Cの部分(C地)を右沢田米三が被控訴人二幸株式会社(被控訴会社)に転貸し、被控訴会社が地上に主文第二項記載の建物(第一建物)を所有して(この所有関係を被控訴会社は明らかに争わない)右C地を占有し、また、別紙図面Bの部分(B地)を沢田米三が被控訴人島田チヨに転貸し、同被控訴人が地上に主文第三項記載の建物(第二建物)を所有して右B地を占有していること、被控訴人エマニエル・フエリニヨが右第二建物を使用して喫茶店を営んでいることは当事者間に争がなく、被控訴人前田武次郎が右第一建物に居住していることは、当審における被控訴人前田武次郎本人の尋問ならびに検証の結果によつてこれをみとめることができる。

そして控訴人が昭和二六年二月一三日内容証明郵便をもつて右沢田米三に対し上記各転貸を理由に本件土地の賃貸借を解除する旨の意思表示をし、翌日同人に到達したことは当事者間に争がない。

二、そこで、右の各転貸につき控訴人の承諾があつたか否かを検討する。

まず、原審ならびに当審(第一、二回)証人天神利一、当審証人沢田米三の各証言、原審における被控訴会社代表者沢田米三、被控訴人エマニエル・フエリニヨ、当審における被控訴会社代表者前田武次郎各本人の供述を総合すると、本件土地を賃借した沢田米三は、地上に前記第一建物を建築して繊維品の販売を営んでいたが、昭和二二年三月二二日頃その営業を会社組織にあらためて被控訴会社を設立し、右建物を被控訴会社に譲渡し、自らその代表取締役となつて従前の営業をつづけるかたわら、右建物の一部で友人の井上孝太郎に喫茶店を開かせていたところ、昭和二三年末頃元の勤務先島田商店から招かれその東京支店に勤めることとなつて大阪を離れ、間もなく右代表取締役の地位を監査役であつた前田武次郎に譲つて同人に営業を受けつがせ、その後は、取締役、株主として名を連ねてはいるが被控訴会社に対する実権は失うにいたつたこと、沢田米三が東京に移つて間もない昭和二四年初頃前記井上孝太郎は沢田に無断で右第一建物の裏に喫茶店として前記第二建物を建策し、これを訴外山口末蔵に売却、山口は同年一一月これを被控訴人島田チヨに売却し、以来被控訴人フエリニヨがそこで喫茶店を営むにいたつたが、これを知つた沢田米三も結局その敷地使用を承諾し、被控訴人島田チヨに転貸したものであることの各経過をみとめることができる。

さて、被控訴人等は上記各転貸については、まず、控訴人の土地管理人天神利一の承諾を得たと主張するが、右承諾につき同人が控訴人を代理する権限を有したとみとむべき証拠はなく、前記証人天神利一、沢田米三の各証言に成立に争のない甲第三号証を参照すれば、右天神利一は、控訴人およびその亡夫治村六助所有の土地の地代集金を代行していて、沢田米三との本件土地賃貸借もその周旋によるものであるが、もともと沢田米三の義兄でもあり、後に被控訴会社の取締役にもなつていて、右賃貸借に関しては、むしろ終始沢田米三なり被控訴会社の側に立つて控訴人と折衝したとみられるので、右天神利一の承諾をもつて、直ちに控訴人の承諾とは目し得ない。

よつて、すすんで控訴人自身の承諾の有無を探究しなければならない。

まず、被控訴会社に対する転貸については、上記証人天神利一の証言により、被控訴会社の設立された昭和二二年頃天神利一が控訴人に、沢田米三が本件土地における営業を前記のとおり会社組織にしたことを知らせたのに対し、控訴人が敢えて異議をとなえなかつたことがうかがわれる。

しかし、民法第六一二条における賃貸借解除の原因は、「第三者をして賃借物の使用または収益をなさしめた」ことにある。それは賃借物に対する実力支配が第三者に移ることであるが、その移り方には事実として程度の差があり、移行の程度が軽微で、まだほとんど賃借人の実力支配下にありながら、それもわずかながら第三者の実力支配が競合しているような段階から、まつたく賃借人の実力支配を脱するにいたるまで、種々の段階があるわけである。無断転貸による実力支配の移行を賃貸借解除の原因とするについて、実力支配移行の有無のみでなく、その程度をも見なければならないのと同じように転貸に対する賃貸人の承諾についても、その有無は抽象的に一律に論ずべきではなく、実力支配移行の程度に応じて分けて考えなければならない。実力支配の移行が軽微で、賃借人の実力支配がいまだ圧倒的な状態についてなされた承諾を、実力支配がほとんど第三者に移行しつくしてしまつた状態についての転貸の承諾とみることはできない。右のように移行が当初の承諾の範囲を逸脱した程度に進んだ場合には、あらためて承諾のないかぎり、もはや承諾なき転貸に化するものと解すべきである。

従つて上記のとおり控訴人において、沢田米三が営業を会社組織にしたことを知りながら異議を述べず賃貸借を継続したことが本件土地の転貸に対し黙示の承諾を与えたものとみとめられるとしても上叙の認定により被控訴会社は昭和二三年末頃までは沢田米三が主宰し、ほぼ同人個人の営業の継続にすぎない状態であつたとみとめられ、かかる状態の会社につき転貸の承諾が与えられたのを、昭和二四年以来沢田米三は大阪を去り、代表取締役も前田武次郎にかわり、経営の実権も沢田の手からはなれたこと前述のごとき被控訴会社が、依然本件土地を転借使用している状態についてまで控訴人から転貸の承諾があつたものとすることはできない。そして、他に控訴人による右転貸の承諾があつたとみとむべき証拠はないので、昭和二四年以降の被控訴会社の本件土地に対する転借使用は控訴人の承諾を欠くものとするほかはない。

つぎに、被控訴人島田に対する転貸については、前記証人天神利一の証言により、昭和二四年一二月三、四日頃、天神利一から控訴人に対し、右転貸の承諾をもとめ、沢田米三から金五、〇〇〇円を控訴人に支払うことを条件にして控訴人がその承諾を与えることとしたが、その後右五、〇〇〇円の支払がなかつたため、ついにその承諾のないままになつたことがみとめられ、他に控訴人による右転貸の承諾をみとめるに足る証拠はない。

そうすると、結局沢田米三の上記各転貸はいずれも控訴人の承諾を欠き、控訴人の前記解除の意思表示により控訴人と沢田との間の本件土地の賃貸借は終了したものといわねばならないし、被控訴会社および被控訴人島田は上記各建物所有によるC地B地の各占有につき控訴人に対抗し得る権原がないものといわねばならない。

三、被控訴人島田およびフエリニヨは、控訴人が同被控訴人等の前記第二建物所有および使用によるB地の使用を承諾せず明渡をもとめるのを権利の乱用と主張し、原審における被控訴人エマニエル・フエリニヨ本人の供述により、同被控訴人が、右建物の買受、改装等に相当多額の資金を支出していることがみとめられるが、そのことを考慮しても、一方に右建物の建築、売買についての前記認定の経過を参照すると、控訴人が被控訴人島田に対するB地の転貸を承諾せず右建物の収去敷地の明渡をもとめるにつき、権利の乱用があると考えることはできず、他に右請求が権利乱用にわたるとみとむべき資料はない。

四、被控訴人島田は予備的抗弁として、第二建物の買取請求を主張するが、上記認定のとおり第二建物は、本件土地の賃借人沢田米三が建築したものではなく、前記井上孝太郎が沢田に無断で建築し売却したものであるから、沢田が建築所有したことを前提とする右の主張は採用するに由がない。

五、そうすると、被控訴会社に対し第一建物を収去してC地を明渡すことをもとめるとともに、被控訴人前田武次郎に対して右第一建物よりの退去をもとめ、被控訴人島田に対し第二建物を収去してB地を明渡すことをもとめるとともに、被控訴人フエリニヨに対して右第二建物よりの退去をもとめる控訴人の請求は、すべて正当として認容すべきであり、これと異る原判決は不当で取消をまぬがれない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九条第一項但書を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 木下忠良 竹中義郎 鈴木敏夫)

図<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例